【特別企画】アラウンド・ザ・ピッチ Vol.12
華やかな公式戦のピッチは、サッカークラブにとって最も大きな価値を生む場だ。だが、クラブはそれだけで成り立つものではない。ピッチで躍動する選手を支えるために、縁の下で人知れず汗を流す人がいる。スタジアムの外で奔走する人もいる。アラウンド・ザ・ピッチ――ピッチの周りで。この企画ではそうした裏方にスポットを当て、仕事ぶりや生きざまを紹介する。
サッカー留学で来日 通訳→強化→営業と変遷
――まずは2017年に山雅の韓国語通訳になった経緯を教えてください。
まず17歳の時、日本にサッカー留学に来ました。韓国ではサッカーばかりやっていてあまり授業を受けることもなかったんですが、両親がそれを心配して「言語もサッカーも含めて日本で学んだらいいんじゃないか」と提案してくれたのがきっかけです。「じゃあ日本に行ってみるか」と(笑)。留学した先は大分高校。語学の習得とか色々なことを考え、韓国では高校2年生だったんですが1年生として編入しました。だから、実質的に高校には4年間通っていることになります。監督が韓国の方だったので言葉は通じたし、日本語も勉強して話せるようになりました。
そこから日本経済大学に進学してサッカーを続けました。卒業してからは山口県で社会人サッカーを1年半経験して、膝をケガしてしまって手術をしました。そのタイミングで帰国して1年9カ月は兵役を務めました。そのあとは実は韓国で就職をしようと思っていたところで「日本のサッカークラブでの韓国語通訳」という求人が出て、知人から勧められたんです。
その求人を出したのが、山雅の前の通訳・イスンウさんでした。スンウさんも大分高校だったと後から聞いたんですが、おそらく僕の履歴書を見て高校が同じだと知って、大分高校の監督とかいろんな人に「この人間はどうか?」とリサーチしたんだと思います(笑)。それで松本山雅というクラブだということを後から知って、「どんなチームなのかな?」と思って調べたり、知人を介して聞いたり。ありがたいことに採用してもらい、2017年の御殿場1次キャンプからチームに合流しました。
――そこから2021年まで通訳を務めましたが、22年からは強化担当に移りました。どんな経緯だったんでしょうか?
もともと面談などの際に、以前から「強化の仕事に興味を持っています」という思いを伝えていました。その中で、おそらくはいろんなタイミングが重なったこともあるんでしょう。「長くいてほしい」と言われて強化担当になりました。家族も松本にいますし、自分としてもこのクラブに長くいたいと思っているので、よかったです。強化の時の主な仕事は手続き系の事務作業でした。選手登録の関係や契約書の作成、あとは外国籍選手のビザ関係もそうですね。パウリーニョ、ビクトル、ルーカスヒアンとか。家族のビザも結構人数が多いので色々とサポートしました。
J3ではいわゆる「助っ人」も少ない状態でもありました。なので自分も、まずは社内で事務系の仕事をしっかりできるようになって、そこから学んでいこうと思っていました。そのタイミングで、また「営業」という新たな提案が来た感じです。
――トップチーム周りの職務から、ずいぶん毛色が違うフィールドになりますよね。
昨年度からいろいろ話しながら決まっていきました。「いろいろ考えていただいてありがとうございます」という思いです。「クラブに長くいてほしい」という言葉を含めて、そういう提案をされました。現場で経験したことも含めて営業の仕事をやっていければいいと思っています。今は既存のお客さまのところに顔を出しながら、あと新規先も探しながら…というところです。
トップチームでの貴重な経験 営業にも生かす
――ミンジュンさんが営業の中で出せる唯一性は、トップチームの空気感を知っていたり、当時のエピソードがたくさんあることだったりするのではないかと思いますが、どんな営業スタイルでしょうか?
おっしゃる通りです(笑)。自分を見て「知ってるよ」と言ってくださる方も結構いらっしいます。例えば2018年にJ2優勝した時に(サンプロ)アルウィンで撮った写真にも僕が写っているので、そういう話もしながら。もちろん外部にまだ知られていないこと、現在進行形で動いている話とかはお話できませんけどね。
例えば、これは実際に出た話ではないんですが、「走らせすぎじゃないか?」「練習をやりすぎなんじゃないか?」というご指摘があったとします。でも、もしそう聞かれたら「フィジカルコーチがきちんと調整しています」というお話は自信を持ってできます。それぞれのフィールドでエキスパートの専門職人がいて管理している…ということは間近で見て知っているので。ただ、まだ私は話すスキルをもっと成長させなければいけません。いろんな方とコミュニケーションを取りながらやっていきたいと思っています。
――そもそも、通訳も「話して伝える」仕事ではあります。親和性はないのでしょうか?
それがまた、違うんです。通訳なら通訳でもう慣れていて、言われたことを自分で解釈して、選手にわかりやすく伝える。通訳は選手がどれだけ理解できるように伝えるのかがやはり大事で、そこに対してはたくさん考えてきました。ただ、営業は営業でビジネスの言葉を持って相手と対面しないといけないので、また違う難しさがあります。言葉選びもより慎重になりますし、最初は「すごく難しいな」と感じました。別世界ですね。
そうした中でも、相手に理解してもらって、「スポンサーになりたい」と思ってもらえるように伝えないといけません。やりながら少し変わってきた感触は自分自身でも感じていますし、それで少し視野が広がったり精神的に余裕を持って話せたりするようになりました。
――トークスキルもそうですが、まず松本山雅は何を売っているのか、地域に対して何を与える存在なのか。もちろんプレゼンの上手い下手はあるかもしれませんが、まずそこに対してミンジュンさんなりの解を持っていくことが大事ではないでしょうか?
そうです。今おっしゃった通りです。クラブがどういう思いでいるのかということと、あとやはり私たちは地域の皆さんに対して貢献していかないといけない存在です。そこも含めて、どれくらいこの地域に松本山雅というクラブが影響があるのか。そこを考えた時に、もうちょっと心に染みるような伝わり方ができるようになればと思っています。
私自身は最初に来た時からそうですけど、やはりサポーターの存在です。熱量も数も、圧もそう。(通訳時代に)毎回スタジアムに入ったときは応援に感動していましたし、彼らの思いもすごく伝わっていました。サポーターがいるから松本山雅が存在できると思います。だから今もそうですけど、結果がどうであれ、応援してくれているファン・サポーターに対して、選手もスタッフも「恩返しをしよう」とずっと考えていました。
――当時の盛り上がりを知っていると、今は少し寂しいのは否定できません。今は営業という立場からクラブにエネルギーを吹き込む役回りとなっています。そのように感じていた思いも含めて、どのようなスタンスで仕事をしていきたいですか?
スポンサーの皆さんからも「早くJ2に昇格しないとね」というお話を多くいただきます。もちろんトップチームの結果によって左右されるのは事実でありますけれども、その中でも我々がやらないといけないことをやるのが大切です。思いを伝えていかないといけない部分はあります。そうしながら新規先も見つけなくてはいけません。営業部内がそれぞれ努力をしている中でも難しいものはありますが、その中でも、1社でも多くスポンサーになっていただけるようにしていきたいです。
営業で打ち出していく上ではもちろん、サポーターが多いことが一番の強みです。サポーターが多いからメディア露出の機会もあって、結果的に多くの人の目に触れます。例えばピッチ内にバナー看板を出すにもやはり効果は高いですし、そこで目を慣らしてもらって企業のイメージ向上につながる部分はあると思います。あとは昨季のJ2の平均入場者数が7,000人前後で、我々は8,181人。J2平均より上回る数字なので、そこは本当に強みとしています。
「第二の故郷」松本で 営業でも自分を磨く
――地域の方々から大切なお金を預かる仕事を通じて、また価値観や見えるものも変わってくるのではないでしょうか?
考えて、話して、決済まで行って…という営業としての成功は達成感がものすごくあってうれしいものかもしれません。契約を結ぶまでの過程で、どれだけ大変なのか。お客さまのポケットから大事なお金を預かって、松本山雅のために生かすわけです。本当に大変なことだと感じましたし、そこは考え方が変わりました。もちろん現場も大変なんですけど、営業にせよホームゲーム運営にせよ「社員の人ってこんなに大変なんだ」と。
――ミンジュンさんにとって松本という地はどんな存在で、松本山雅という組織の中でそれをどう表現していきたいと思っていますか?
松本という地域は第二の故郷です。それ以上の言葉はないかなと思います。景色が綺麗なところと、空気が綺麗なところと、人が優しい。本当に住みやすいし、落ち着く感じがします。生まれ育ったのはソウルより少し北の方だったんですが、もともとあまり人が多いのが好きじゃなくて。東京とかに行っても、「早く戻りたい」「落ち着かない」と思ってしまうタイプです。
その中でまず第1の目標は、事務的な側面からは何でも自分でやりたいと思っています。人に頼んでやらせてもらうんじゃなくて、自分で身に付けてできるようになるのが好きなんです。強化の仕事もそうだったんですけど、まずは自分が何でもできるようにならないと話にならない部分はあります。まず目標はそこに据えて、自分的に達したら第2の目標がまた生まれてくるんじゃないかと思います。
今の営業の仕事はすごくやりがいがあります。人を動かすことはすごく難しいものですが、クラブが大きくなるためには欠かせないこと。成績も含めて上に行かないといけないのはもちろんですけど、スポンサーさんも興味を持ってくれるように考えていきたいです。
――トップチームでの場数と謙虚さを生かして、どんどん新規を取ってきましょう!
ありがとうございます!
では早速こちらの申込用紙に記入を…
――就任祝いということで、じゃあ2年ぶりにうちわをお願いします。
ありがとうございます!
他にも現在はこちらの商品を期間限定販売しておりますので、ぜひお願いします!
編集長 大枝 令 (フリーライター)
1978年、東京都出身。早大卒後の2005年に長野日報社に入社し、08年からスポーツ専属担当。松本山雅FCの取材を09年から継続的に行ってきたほか、並行して県内アマチュアスポーツも幅広くカバーしてきた。15年6月に退職してフリーランスのスポーツライターに。以降は中信地方に拠点を置き、松本山雅FCを中心に取材活動を続けている。