【編集長コラム】サッカーチームは七面鳥のように ※無料配信

「チームは生き物だからね」

2012年の就任以来、反町監督は事あるごとにそう口にしてきた。選手のコンディションには個々のバイオリズムがあるし、故障者が出てしまえば一気に状況は変わる。監督はそうした集合体の中から、ベストのパフォーマンスを出せると判断した11人(とベンチの7人)を試合ごとにゼロベースから選ぶ。「勝ったからといって次の試合も同じメンバーで行くわけじゃない」。そんな言葉も何度となく繰り返してきた。つくづく困難な作業だと思う。

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そして選手にはそれぞれの特長があり、それが同一に重なることはない。だからこそ、記事の見出しに踊ると違和感を感じてしまう表現がある。

「代役」だ。

最近の山雅では、飯尾にその言葉が当てはめられた。右サイドでスタメンに定着していた田中が6月8日の第17節札幌戦を境に右眼網膜剥離で離脱し、その「穴埋め役」となった格好だからだ。だが第19節山形戦では90分に値千金の決勝ゴールを奪い、一躍主役に。田中からは電話で活躍を祝われ、同時に強い励ましを受けたという。

2014年。大卒2年目だった飯尾にはまだあどけなさが残り、田中のことを「本当にカッコいい」と語る眼差しは憧憬を色濃く帯びていた。だが、今季はシーズン始動時から一味違っていた。左右どちらのサイドでもプレーできるが、「今年は右で勝負したい」と田中へのライバル感情をほのめかしていたのだ。そして田中が不慮の離脱を余儀なくされたとはいえ、山形戦では「代役」という言葉に収まりきらない存在感を示した。

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クラブのはからいで、22日にはプロ初ゴールを決めたボールを本人へプレゼント。受け取った飯尾は少し照れくさそうな笑顔を浮かべながらも、「(ゴールを決めるまでに)時間がかかってしまった。1つ目を決めたい決めたいと思って力んでいた部分も正直あったけど、これからは落ち着いていけると思う。達成感というよりは、これからもっともっとやらなければいけないという責任感の方が強い」。そう頼もしい言葉を口にする眼差しからは、かつてのあどけない色は薄れてきた。

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その山形戦では、後藤もまた影の主役だった。それまで全18試合に先発フル出場し、古巣戦へ意気軒昂だった當間が当日に急きょコンディション不良。そこで後藤がセンターバックの右に入り、無失点勝利に貢献した。「出番がないからといってくさっても良いことは何もない。チャンスは来ると思っていたし、決まり事はやりつつ、自分のいい部分を出せればやれるという自信はあった」。そう語る口ぶりからは、「代役に甘んじる気はない」という覇気が感じられた。

巻き戻せば、そもそも当初は「代役」と見られていた選手たちが今やピッチでは「主役」になっている。

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例えば高崎。オビナなどFW陣の相次ぐ故障離脱に伴い、移籍期限ぎりぎりの3月30日に急きょJ1鹿島からレンタル加入した。そして合流4日目にぶっつけ本番で公式戦に出場したかと思えば、その後は全試合に先発フル出場してチーム最多タイの5ゴール中。自ら「気さくに周囲と打ち解けるタイプ」という通り、わずか3カ月ですっかりチームのムードメーカー的な存在にまでなっている。オビナに早く戻ってきてほしいのはもちろんだが、穴を埋めて余りあるだけの活躍ぶりを見せているのは誰の目にも明らかだろう。

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さらにさかのぼれば、宮阪もそうだ。昨季限りで岩上がJ1大宮へ移籍したのに伴って加入したため、精度の高いプレースキックを持つ「代役」と目される向きがあった。だが、今はどうだ。FKやCKで次々とアシストをマークしているのはもちろん、流れの中でも正確な長短のキックで攻撃を組み立てている。そして自ら「(岩上)祐三と比較されるのは嫌」と公言し、さらには「直接FKなら僕の方が多く決めている」と右脚への自信を口にする。

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そんな宮阪が好きな一曲は、女性シンガーAIの「みんながみんな英雄」。日本ではオクラホマミキサーとして知られるアメリカの有名曲「わらの中の七面鳥」のメロディーに、日本語の歌詞を乗せたソウルフルなナンバーだ。皮膚の色が多彩に変わる七面鳥の顔と同じように、日ごと常に一定ではないのがサッカーチーム。しかし、「みんながみんな英雄」になって勝ち点を積み上げていくような戦い方ができれば、自ずと見えてくるものがあるだろう。

編集長 大枝 令 (フリーライター)

1978年、東京都出身。早大卒後の2005年に長野日報社に入社し、08年からスポーツ専属担当。松本山雅FCの取材を09年から継続的に行ってきたほか、並行して県内アマチュアスポーツも幅広くカバーしてきた。15年6月に退職してフリーランスのスポーツライターに。以降は中信地方に拠点を置き、松本山雅FCを中心に取材活動を続けている。