【かりがね通信】右肩上がりの樋口 愛するこの街を背負って

「この街を背負って、あなたと共に闘う」

信州ダービーの告知ポスターや特設ページには、この文言が力強く躍る。それぞれが「松本を背負う意味」を重く受け止めながら、次節へ牙を研ぎ澄ませていることだろう。その中で一人、当事者として育った選手がいる。樋口大輝。塩尻市出身で、山雅U-18から専修大を経て加入した大卒ルーキーだ。

「他の選手もダービーが大切な一戦だということはわかると思うけど、ここで生まれ育ったからこそ理解できることもある。ワクワクではないし、緊張でもない。あえて言うなら『緊張感』が、周りからひしひしと伝わってくる。万が一にも負けてしまったらこの街にはもういられないんじゃないか…というくらいの一戦だと思う」

信州ダービーのスタジアムに身を置いた経験はない。今季の県選手権決勝も体調不良で欠席した。体感はしていないが、尋常ならざる雰囲気は血肉に溶けている。ここ信州松本にとって、橙は敵性色。愛用のスパイクメーカーでも、新作ラインナップがオレンジだったら履かない。長野市は好き嫌い以前に、行かないし触れもしない。

松本には「勝利」以外の選択肢が存在しない。その中でも、とりわけマッチアップの可能性がある同学年の長野MF小西陽向に対抗心を燃やす。樋口がアンテロープ塩尻、小西がNPICエレンシアに所属した小学生時代からよく知る間柄。トレセンで同じ釜の飯を食べ、U-18時代は北信越選抜としてチームメイトにもなった。

U-18時代は樋口の山雅が、小西の長野に対して負け知らず。2017年は北信越クラブユース選手権で当たり、4-0と完勝。長野が県1部に昇格してきた19年の高円宮杯U-18リーグは、2試合とも2-0と寄せ付けなかった。「高校3年間はダービーで負けたことがなかった。それを継続できるように頑張りたい」と語気を強める。

相手の立場からすると、今回はリベンジの舞台でもあるだろう。「向こうは『勝ったことがない』という思いがあるかもしれない」と警戒。「アイツに決められて負けるなんてことは一番あってはいけないし、逆に自分が結果を出して勝てればそれ以上のこともない」と返り討ちを宣言する。

ダービーでアカデミー出身の選手が活躍すると何が起こるか。我々は2年前に現れたシンデレラボーイ・田中想来で十分すぎるほど体感した。今季の樋口はすでに左右サイドバックで存在感を示しており、4ゴール2アシスト。前節は逆転負けで霧消したが、プロ初の1試合2ゴールを達成した。充実ぶりは目覚ましい。

2019年、トップチームがJ1だったシーズン。U-18で高校3年生だった樋口も緑と白のボーダー柄に身を包んで戦いつつ、J1のスタジアムに胸を躍らせた。あれから5年。山雅がずいぶんと身をやつしてしまったのは否めないが、サンプロ アルウィンが何を渇望しているのかは身をもって知っている。

「走ること、戦うこと。それをファンサポーターの皆さんも期待している。がむしゃらに戦って、『オレンジには負けない』というところを見せたい。自分は今までの歴史を知ってもいるので、結果を出して勝利で終わりたい」と樋口。生まれ変わってもまたここに生まれたい――というほど愛着を持つこの地に、緑色の誇りを取り戻す。

編集長 大枝 令 (フリーライター)

1978年、東京都出身。早大卒後の2005年に長野日報社に入社し、08年からスポーツ専属担当。松本山雅FCの取材を09年から継続的に行ってきたほか、並行して県内アマチュアスポーツも幅広くカバーしてきた。15年6月に退職してフリーランスのスポーツライターに。以降は中信地方に拠点を置き、松本山雅FCを中心に取材活動を続けている。