【編集長コラム】小さくて大きなバージョンアップ(下)※無料配信

「習慣」の変化 柔軟性を要求

攻撃面に手を加えたのはあくまでも「マイナーチェンジ」にすぎず、根幹にある考え方は不変。とはいえ身に染み付いた習慣を変えることは、何もサッカー選手に限らず労力を要するものだ。

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例えば今までは自陣ゴール前で「120%のパワーで死守する」ことにフォーカスしていたところを、今度は守り切った後の攻撃までイメージしてプレーしなければならない。「繋ぐ」という新たな選択肢を持ったうえ、適切な場面で引き出せるよう常に思考を巡らせ続けなければならない。それを踏まえると、選手に要求されるハードルが一段階上がったことは間違いない。

こうした背景もあってのことだろう。練習後に毎日設けられる反町監督の囲み取材では、話題が「サッカーIQ」や「思考の柔軟性」などに流れていく頻度が過去4年間に比べて格段に増えた。

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クレバーさではやはり、チーム内で最も経験値の高い田中が頭一つ抜けている印象だ。キャンプ中も練習後に他選手を呼び止め、場面に応じた適切なプレーなどを熱心にアドバイスしている姿が何度となく見られた。横浜F・マリノスや名古屋グランパスなどで過去15年間J1の舞台を経験してきた33歳は「変わるとは言っても、自分は今まで当たり前のようにやってきたことだからね」と、涼しい顔で新たなチャレンジを受け入れている。

昨夏に加入した工藤も同様。京都サンガやサンフレッチェ広島などパス主体の攻撃を志向するチームに長く在籍してきただけあって、ボールを繋ぐのは手慣れたものだ。中盤から先の攻撃に関しては「イメージの共有」をキーワードに挙げ、FW陣とこまめに話し合いながら連係を確認。最終ラインなどからボールを引き出す局面についても、やはり対話しながら熟成を急いでいる。「松本には松本の良さがある。それプラス、新たにやろうとしていることも松本のスタイルとして確立させたい」。その言葉からは、チーム全体をスケールアップさせていきたい意欲がにじむ。

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新戦力 スムーズに適応

新加入選手は今までのスタイルに対する「慣れ」がない分、逆にすんなり受け入れられたのかもしれない。中盤で長短のパスを操る宮阪はプロ初の移籍にもかかわらず溶け込むのが早く、2次キャンプ中の段階から「繋ぐやり方に慣れていない選手もいるので、自分の考えを伝えながら監督が思い描く全体像とすり合わせていきたい」と頼もしかった。

加入直後の取材で「反町さんがポゼッションをしたいのなら、それに対する準備はできている」と語っていた武井も、第3次鹿児島キャンプ中の16日にあった練習試合・鹿児島ユナイテッドFC戦ではゲームを落ち着かせた。このほかGKシュミットダニエルも含め、ボランチや最終ラインのニューフェイスはビルドアップの局面で存在感を発揮。さらに、例年なら散見された新戦力の故障離脱がいない点も大きなプラス材料と言える。

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こうした変化を、既存の選手たちはどう受け止めているのか。

8年目を迎える最古参の鐡戸は「(パスが繋がるかどうかは)出し手ではなく受け手の問題で、その部分は改善しないといけない。そのためにはボールを見る時間を少なくしないといけないので難しさはある」と言いつつも、「前向きに取り組めている」と笑顔。岩間も「今までとは真逆な部分もあるが、(山雅加入以前に)やってきたサッカーを思い出せばしっかりフィットできると思う。体も頭もレベルアップさせたい」と力強い。

「新・起動」のシーズン 初戦がカギ

もちろん30日余のキャンプで全てが完成するわけではないし、ましてや変化を加えるのであれば一朝一夕にできるはずもない。だが、それを加味した上で選手たちの声に耳を傾けてみると、これまでの進捗ぶりは「上々」といった印象を受ける。

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クラブとしても「新・起動」をスローガンに掲げた今季。就任5年目の反町監督がチャレンジした「小さくて大きなバージョンアップ」は、果たしてピッチでどう表現されるのか。そして勝ち点に結び付いていくのか。ロアッソ熊本と当たる開幕戦が、シーズンを占う一つのカギとなるだろう。

 

編集長 大枝 令 (フリーライター)

1978年、東京都出身。早大卒後の2005年に長野日報社に入社し、08年からスポーツ専属担当。松本山雅FCの取材を09年から継続的に行ってきたほか、並行して県内アマチュアスポーツも幅広くカバーしてきた。15年6月に退職してフリーランスのスポーツライターに。以降は中信地方に拠点を置き、松本山雅FCを中心に取材活動を続けている。