【編集長コラム】「山雅イズム」を体現 若き雷鳥の躍進(上)※無料配信

「快進撃」などという言葉だけでは到底収まり切らない。

山雅のU-18が、Jユースカップで初の4強入りを果たした。しかも破った相手は2回戦が新潟、3回戦は横浜FM、そして準々決勝では神戸。いずれも高円宮杯U-18リーグで最高峰のプレミアに所属する雲の上の存在だ。

彼らはトップチームの生き写しのように、どこまでもひたむきに戦う。5日に南長野運動公園総合球技場で行われた準々決勝もそうだった。プレミアWEST(西日本)3位の神戸U-18に対し、ボールを扱う技術や精度、判断では後手を踏んでいたかもしれない。しかし走力や動きの連続性、切り替え、球際の強さといった部分では間違いなく相手を凌駕していた。

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臼井弘貴監督は山雅U-18を、ユニフォームの濃い緑になぞらえて「青汁軍団」と表現する。洗練された「赤ワイン」のような神戸に対し、あくまでも泥くさく挑みかかる。「(青汁にも)栄養素とか必要なものは凝縮されている。我々のトップチームが走る、戦う、隙をつくらないという『松本山雅イズム』を持っているので、僕らもそれを大事に毎日トレーニングしている。その積み重ねは嘘をつかない」と指揮官。その言葉通り、底なしの運動量とファイティングスピリットを前面に押し出しながら刃向かった。

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1トップの小松蓮は自陣深くまでプレスバックをするし、左右ウイングバックの河地迅也と細田凌平、ボランチの賜正憲と杉山俊はバイタルエリアをきっちり締めて仕事をさせない。谷口遥斗を真ん中に据える3バックはゴール前で惜しみなく体を投げ出す。どこまでも勤勉なそのプレーぶりは、延長も含めた110分間で一切衰えることがなかった。「ハードなトレーニングを積んで鍛えられているので、延長戦になっても『自分たちの見せ場が来た』と思った」。2シャドーの一角で攻守に奔走した丸山航平はそう振り返る。

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試合は神戸がボールを保持し、山雅が粘り強いディフェンスからゴールを脅かす構図。そして試合を動かしたのは、トップチームの代名詞でもあるセットプレーだった。22分。相手のハンドで得た約25メートルのFKを、主将の賜が直接突き刺して先制。54分にも丸山諒が左脚で入れた長い距離のFKを182センチの小松が競り勝ち、こぼれ球を丸山航がシュート。GKの弾いた球を、「シュートのこぼれを常に狙うという指示をちゃんとやれたのがよかった」という高井悠登が押し込んで突き放した。

その後は手早くカードを切る神戸に押し込まれ、86分と88分にセットプレーからの流れで連続失点。ともに身長差のミスマッチを突かれたのが原因だった。一般的に考えれば、格上相手に2−0から追いつかれれば一気に流れは向こうに傾くもの。正直、1点を取られた段階で「やられるかもしれない」という懸念が頭をよぎったことを告白しておく。

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だが、外野のそんな心配は無用だった。前後半10分ずつの延長戦はむしろ決定機の数では互角。そして迎えたPK戦、神戸の2人目が向かって左に蹴った強烈なシュートを、GK古瀬圭佑がドンピシャのタイミングで弾き出した。「体が右に勝手に跳んだ感じ。ギリギリ何とか手に当てられたのでよかった」と古瀬。山雅は5人がきっちり決め、大幅に更新済みの歴史にまたしても新たな1ページを刻み込んだ。

山雅がU-18の強化に本腰を入れ始めたのは2011年シーズン終わりごろ。その年に初出場した日本クラブユース選手権では神戸に0-18という大敗を喫している。だがトップチームがJ2参入を決めたのに伴って育成組織を徐々に拡充し始め、翌13年には岸野靖之監督を招聘。今季オフシーズンには大幅な人員増強を発表し、その矢先とも言える時期に今回の快挙を成し遂げてみせた。

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彼らは「一戦必勝」を貫く謙虚さをもトップチームから受け継いでいる。「優勝」という言葉を引き出したい報道陣の問いかけに対し、臼井監督は驚いた様子を見せた後で「(選手には)おごることなく毎日を大事にしなさいという話をする。さらに上とかではなく、目の前の一歩を誠実に謙虚にやることが大事」ときっぱり。賜主将も「自分たちの力を信じられるいいチームになっているし、次も総力で頑張りたい」と述べるにとどめた。

そもそもプロ選手を目指して門を叩いてきた彼らにとっては、この大会で活躍すること自体がゴールではない。今季の3年生は2種登録された杉山、小松、賜の3人を含め、トップチーム昇格は見送りとなった。だが着実に、かつ猛スピードで山雅の育成組織が進化し続けていることは証明してみせた。これを弾みに大学でのプレーを経て、再び緑のユニフォームに袖を通すことを願ってやまない。

その前にまずは目の前の大会がある。13日には広島との準決勝。そして高円宮杯U-18のプリンスリーグ参入戦も控える。培ってきた全てを出し切り、次世代へとバトンを受け継いでほしい。

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今回のコラムは全2回とし、次回は「Jユースカップ4強」が持つ意義やトップチーム監督、選手のメッセージなどを紹介する。

編集長 大枝 令 (フリーライター)

1978年、東京都出身。早大卒後の2005年に長野日報社に入社し、08年からスポーツ専属担当。松本山雅FCの取材を09年から継続的に行ってきたほか、並行して県内アマチュアスポーツも幅広くカバーしてきた。15年6月に退職してフリーランスのスポーツライターに。以降は中信地方に拠点を置き、松本山雅FCを中心に取材活動を続けている。