【編集長コラム】「山雅イズム」を体現 若き雷鳥の躍進(下)※無料配信

松本市かりがねサッカー場が供用を開始した昨春のことだった。

トップチームが天然芝グラウンドで練習を終えたのと前後して、U-18など育成組織の選手たちが隣接する人工芝グラウンドでトレーニングを開始。そばにある屋根付きのフットサルコートでは、スクールの子どもたちが元気にボールを追いかけていた。

「本当にいい光景だ。ここからいずれ、トップチームの選手が出てくるぞ」

反町監督は珍しく、しみじみとした口調でそう語っていた。だがその「いずれ」は、思ったよりも早いのかもしれない。山雅U-18がJユースカップで4強。一発勝負のトーナメントならではの特殊性を差し引いても、新潟、横浜FM、神戸と格上を連破したのは「まぐれ」の一言では片付けられない。神戸との準々決勝も1400人超と異例のサポーターに後押しされた側面はあるにせよ、トップチームが範を示す「山雅スタイル」を存分に体現しての勝利。長足の成長ぶりは見事という他にない。

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「思ったよりも(成長速度が)早い。驚くべきことだけど、よく考えればグラウンドがあるし専任のフィジカルコーチもいる。いろんな準備をすれば力はつくということが証明できたと言えるのかもしれない」。反町監督は今回の4強入りを受けてそう話した。確かにクラブは今季スタートに際し、育成組織を大幅に増強。トップチームの柴田峡コーチをユースアドバイザー兼ジュニアユース(中学生)監督に据えたのをはじめ、「未来への投資」に注力してきた。

とはいえ後発の山雅が先達との力関係を埋めるのは容易ではない、と思っていた。そこをどう埋めていくのか。その問いに対し、山﨑武ユースアカデミーダイレクターは「トップチームのピリピリした空気を間近に感じながらやれるのが一番の強み」と応じていた。そうは言っても、ここまで早く結果が出るのは望外の喜びだ。

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長野県のチームが、数多の名門を押しのけて全国ベスト4に残った。

これが意味するものは何か。臼井弘貴監督は選手やクラブ全体の喜びであることを前提にしつつ、こう言葉を紡いだ。「長野県のサッカー文化にとっていいことだと思う。能力のある選手が(県外に)流出していることに歯止めをかけなければいけない。長野県にいても上を目指せるような土壌ができてきているということを、僕らがトップランナーとして示していかないといけないと思っていた」。その言葉通り、従来は中学生年代の有力選手がステップアップの舞台として選ぶのは県外の高校サッカー強豪校やJクラブの育成組織だった。

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その代表格がいま、山雅のトップチームにいる。田中隼磨だ。中学生時代までは生まれ育った松本市でプレーしたものの、プロを志すにあたって横浜フリューゲルスユース(当時)に進んだ経歴の持ち主。そこから横浜FMのトップチームに昇格し、2004年にチャンピオンシップ優勝、10年には移籍した名古屋でJ1制覇を果たした。まさに県内出身サッカー選手の旗手とも言うべき存在だ。

そんな田中の耳にも、今回のベスト4入りはもちろん入っていた。3連戦を終えた翌日のリカバリー練習後に呼び止めて受け止めを問うと、「本当にうれしいし素晴らしいこと。『山雅のユニフォームを着たい』と思ってもらえるかもしれないし、子どもたちの耳に(そのニュースが)入ることだけでも大事。長野県にもいい選手はたくさんいるはずだし、それをどう育てるか、どういう意識を持って大人にさせていくかが大事だと思う」とうなずいた。

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そして、高円宮杯U-18プレミアリーグWEST(西日本)首位の広島に挑む13日の準決勝に向けてエールを送った。「自分たちが積み上げてきたものがあるからベスト4まで来ることができた。相手どうこうではなく、悔いの残らないようにとにかく自分を信じてチームを信じて、自分たちのスタイルを貫いて戦ってほしい。勝ち負けは当然あるけれど、力を出し切って負けたなら仕方ない。厳しいトレーニングを思い出してやってほしいと思う」。

J1昇格とJ2優勝を手元に引き寄せかけているトップチームに対しても「子どもたちが結果を出している以上、自分たちも頑張らないといけない」と口元を引き締めた。育成組織にとってみればトップチームの目覚ましい躍進に引っ張られるようにして強化を進め、ベスト4にまで至った側面がある。だが今回はその逆。田中が指摘する通り、理想的な「相乗効果」が生まれている。

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かつて長野県は「サッカー後進地」と呼ばれていた。輩出したプロ選手の絶対数も圧倒的に少ない。だが今はどうだ。山雅のU-12は昨季に全日本少年大会初出場を果たし、今季も県ベスト4に勝ち残って13日の最終日に臨む。U-15は県クラブユース選手権で初優勝を飾り、U-18は今回全国のベスト4に名を連ねた。信州のフットボール文化が山雅を熱源として大きなうねりを生み始めていることに、疑問を差し挟む余地はないだろう。

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編集長 大枝 令 (フリーライター)

1978年、東京都出身。早大卒後の2005年に長野日報社に入社し、08年からスポーツ専属担当。松本山雅FCの取材を09年から継続的に行ってきたほか、並行して県内アマチュアスポーツも幅広くカバーしてきた。15年6月に退職してフリーランスのスポーツライターに。以降は中信地方に拠点を置き、松本山雅FCを中心に取材活動を続けている。